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  アーティストや旅行者の目がとらえたアレクサンドリア
  写真に残る国際都市アレクサンドリア
 

 

印象に刻まれたアレクサンドリア――アワド・コレクション

アーティストや旅行者の目がとらえた
アレクサンドリア

 

エジプトの玄関口である第一の港アレクサンドリアは、その語り伝えられる過去の歴史によって、数多くのヨーロッパのアーティストや中世の時代の探検家を魅きつけました。しかし彼らの多くは遺跡を探訪しましたが、いにしえの歴史の面影以上にアレクサンドリアに深い印象を抱いたものも少なくありませんでした。

シェデルの『ニュルンベルク年代記』にあるような15世紀から17世紀のアレクサンドリアの天真爛漫でときには空想的ですらあるイメージが、支配権力の要求に応じて描かれていくようになると、徐々にオリエント通の旅行者たちの好奇心を満たすようになりました。18世紀と19世紀になると、コルネリ・ル・ブロイン(1702)やフレデリック・ルドヴィク・ノーデン(1740)による詳細な記述によって、アレクサンドリアの姿が明らかにされ、またルイ・フランシス・カサス(1975)やルイジ・メイヤー(1801)の空想的な描写も出現してきました。


 
 

アレクサンドリアがオスマン帝国の支配下からヨーロッパ諸国によって植民地化されていくにつれて、商業的、政治的関心が高まり、エジプトに対する学究的な関心も高まりました。特に19世紀にはそういった関心は湧きあがるほどの高まりを見せ、それに合わせるように地図作成法から新聞のイラストにいたる描画技法が発展してきました。

ナポレオン・ボナパルトのエジプト遠征(1798-1803)は、結果として丹念にエジプトの隅々を科学調査してまとめられたあの有名な『エジプト誌(1806-1828)』を生むことになりました。その後、エジプトの近代化をおし進めたムハンマド・アリ(1805-1849)によって、アレクサンドリアのルネッサンスの幕開けとなる大プロジェクトの数々が命じられました。その計画の一端を、パスカル・コステによるマフムディーヤ運河(1849)の計画図や、デヴィッド・ロバーツによるアレクサンドリア港に停泊するエジプトの船の絵に見ることができます。

 

ロゼッタ門
作者:カサス 制作年:1795

 

 
 

19世紀の後半、マフムード・ベイ・エル・ファラキのような先駆者たちが、ケディヴ・イスマイルの命を受け古代アレクサンドリアの再発見と地図製作に従事しました。エル・ファラキの著書『古代都市アレクサンドリアの記憶 (1972)』には、古代のアレクサンドリア、近代のアレクサンドリア、アレクサンドリア郊外の地図が3点掲載されています。

これらには、古代の町の姿を明らかにし現状を記録しようという著者の努力が見られます。ここにちりばめられた数々の行事や広大なパノラマに、アレクサンドリアの黄金期の輝きを見ることができます。それは、1882年の英国による砲撃と統治、それに先立つ事件などで破壊される前のアレクサンドリアです。1882年の出来事については、ヨーロッパの新聞でセンセーショナルに発表されて広がり、『絵入りロンドン・ニュース』や『ザ・グラフィック』や『ル・モンド・イリュストレ』や『ル・イリュストラシオン』といった紙面に、しばしば派手な描写で取り上げらているのを見ることができます。

 

新しい港 『エジプト誌』 1808-1825

 

 
  

シェデルの『ニュルンベルク年代記』は、支配権力の要求に応じて描かれていくうちに、徐々にオリエント通の旅行者たちの好奇心を満たすようになりました。

 

『ニュルンベルク年代記』に登場するアレクサンドリア
ハルトマン・シェデル作 1493