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19世紀の後半、マフムード・ベイ・エル・ファラキのような先駆者たちが、ケディヴ・イスマイルの命を受け古代アレクサンドリアの再発見と地図製作に従事しました。エル・ファラキの著書『古代都市アレクサンドリアの記憶 (1972)』には、古代のアレクサンドリア、近代のアレクサンドリア、アレクサンドリア郊外の地図が3点掲載されています。
これらには、古代の町の姿を明らかにし現状を記録しようという著者の努力が見られます。ここにちりばめられた数々の行事や広大なパノラマに、アレクサンドリアの黄金期の輝きを見ることができます。それは、1882年の英国による砲撃と統治、それに先立つ事件などで破壊される前のアレクサンドリアです。1882年の出来事については、ヨーロッパの新聞でセンセーショナルに発表されて広がり、『絵入りロンドン・ニュース』や『ザ・グラフィック』や『ル・モンド・イリュストレ』や『ル・イリュストラシオン』といった紙面に、しばしば派手な描写で取り上げらているのを見ることができます。 |