Taha Hussein Library
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タハ・フセイン図書館(視覚障害者図書館)

タハ・フセインについて

 

1889年11月14日、エジプト北部、アルメニア地方の低い中流家庭の13人兄弟の7番目として誕生。幼少時に片目を患い、片田舎の技術のつたない医師が施した処置の失敗で視力を失いました。これが彼の一生涯の苦悩となります。

タハ・フセイン

タハ・フセイン

読み書きと聖典のコーランを学ぶ学校Kuttabに入学し、後にアル・アザール大学に進み、そこで宗教と伝統的なアラブ文学の知識を得ます。しかし、教師たちの狭量な考え方と保守的な姿勢に彼は深い不満を抱くようになりました。

 

大学での教育

1908年、英国統治下でエジプトが国内の教育の推進をかかげた政策の一環として、宗教に関係のない新大学の創設を知り、そこへの入学を切望します。盲目で貧しくはあったが、数々の困難を克服し大学への入学が許可されます。

後に彼の著書『Al-Ayyam/日々』の中で、大学入学を機に彼の前には知識への扉が大きく開かれたと書いています。彼は、この大学の第1期卒業生となり、無神論の詩人で哲学者であったアブ・アララ・アル・マーリに関する論文で博士号を取得します。

 

結 婚

苦労しながらも、大学の教育使節団の一員としてフランスに留学します。目が不自由なことは絶えず苦難であり、おまけに彼の世話役として本国から派遣されてきたタハの弟の無神経さに悩まされることになります。彼が「美しい声」の持主スーザンに出会ったのはフランス留学中のことでした。

彼に必要な参考資料がすべて点字翻訳されていたわけではなかったために、彼女が読んでくれたのです。やがて彼女は妻となり、彼にとっての良き師、アドバイザー、アシスタントであり、子どもを生んで母となり、すばらしい恋人でありまた親友でもありました。その「美しい声」を初めて聞いたときから苦悩を感じることはなくなったと彼は述べています。彼の死後、スーザンは『Ma’ak/あなたとともに』をアラビア語で出版し、ともに過ごした生活の思い出を感動的に記しています。

 

ソルボンヌ大学で博士号を取得

タハ・フセインの専門は文学と古典研究です。またしても彼は、使節団の中ではただ1人、エジプト人では初めて、モントペリエ大学で学士号を、続いてソルボンヌ大学で博士号を取得します。1917年に書かれた彼の博士論文は、14世紀のアラブの歴史家で、社会学の基礎を築いたイブン・カルドゥーンに関するものです。

 
 
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