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2014年 1月 25日、アレクサンドリア

Ismail Serageldin (イスマイル・セラゲルディン)
Ismail Serageldin (イスマイル・セラゲルディン)

今日はエジプト革命 3 周年の日です。この 3年間、混乱と改革、成功と挫折、犠牲と裏切り、そして崇高な人間ドラマが絶えることなく続いてきました。今日は、それらの出来ごとを振り返るべき節目の日です。歴史的な瞬間、そして激動の時代。一つにまとまった法治的な共和国をあらたに築きあげるという困難な夢は、恐怖との闘いにとって代わられてしまったかのようです。やっとの思いで掴んだ大切なものは手から滑り落ち、再び掴んだと思った矢先に不確実な霧の中へと消えていきました。

昨日、カイロで 4 発の爆弾が爆発し、多数の死傷者を出しました。イスラム美術館も一部破壊されました。まばゆい輝きを放つ宝石ともいうべき、世界でもっとも壮麗な美術館、そしてかけがえのない至宝が粉々に破壊され、未来の世代へ残すことができなくなってしまいました。ウマイヤ朝の芸術品、マムルーク朝のランタン、ファーティマ朝の木工細工、そして中世の写本。歴史的に高い価値を持つ遺産が失われたのです。市民が今現在、血を流し、命を落としているという現実のなかで、古い美術品の損壊にこれほどまで動揺するなどとは思っていませんでしたが、事実、動揺したのです。人間は、現在だけに生きているわけではない。歴史や文化と無関係でいることはできない。伝統を無視することはできないのです。

イスラム主義の主導者たちは、いまや国民の多くから愛想を尽かされています。機能不全に陥った政権の奪回に失敗したあげく、テロリズムに走っているのです。私は、大規模な民衆のデモで発生した暴力や、街頭での激しい衝突で命を落とした人々のことを言っているのではありません。国家権力や市民を標的に、爆弾テロが起こされ、人々を恐怖に陥れようとしています。ところが、人々はそれを恐れてなどいません。人々は、軍や警察が狂信者たちを制圧してくれると考えています。法と秩序、厳正な統治を求めているのです。国民は強く期待しています。でも、法と秩序、厳正な統治に対する期待は、独裁制と恐怖政治の再来を懸念させるのです。

革命は、信念を唯一の武器とする平和で気高い若者たちの勇気によってスタートしました。ところが、その気高さは、暴力と権力の奪い合いで汚されてしまった。多くの血が流れました。現在、ムスリム同胞団やイスラム原理主義者たちと、多数の国民や国営メディアの支持を受けた政府勢力との間で熾烈な争いが繰り広げられています。

今、エジプトは微妙な岐路に立っています。人権の尊重と民主主義をエジプトは認めていますが、様々な勢力が、ばらばらの方向に国を導こうとしています。ムスリム同胞団やイスラム原理主義者たちは、暴力と恐怖によって勢力拡大を図ろうとしています。そして政府は、それを断固阻止しようとしています。ムスリム同胞団や原理主義者たちに怒りを覚える人々は、彼らを一掃してくれると期待して政府を強く支持しています。しかし、強権を発する政府は独裁制に走りやすい特徴があります。そうなると、民主化と多元主義の夢は危険にさらされます。それは、「テロとの闘い」や、安全と秩序を死守する闘いと表裏一体なのです。独裁政権の足音が聞こえる危険な坂の途中に私たちは立っているのです。

ムスリム同胞団や原理主義者たちのテロはいずれ破綻するでしょう。テロとはそういうものなのです。でも、テロは確実に死傷者を出します。原理主義者たちによる騒乱 (大学が標的にされることが多いです) が起きると、政府は秩序回復を求められますが、秩序を回復する過程で死者が出るのです。丸腰の市民が、警察に代わってムスリム同胞団や原理主義者たちに立ち向かうことがありますが、暴力が収まることはなく、むしろ恐怖や苦痛が増え、警察官、デモ隊の別なく、多数の命が奪われることになります。エジプトは、国家として死と破壊の連鎖を断たねばなりません。

それにしても、普段は温厚なエジプト人が、こんなにもムスリム同胞団や原理主義者たちを憎むのはなぜでしょうか。それは、ムスリム同胞団や原理主義者たちが、自らの大義名分への賛同を国民から得ることに失敗した結果、テロに走ったからです。彼らは、温厚なエジプト人を臆病者の集団と見誤りました。エジプト革命という特異な状況の真の姿を見抜くことができませんでした。平和的に始まったエジプト革命ですが、エジプト人は次第にその伝統的な従順さを捨てていきました。そして、かつての強権政治によって植えつけられた恐怖心を捨て去りました。エジプト人はもはや恐れる人々ではない。脅迫にも屈しない。死が当たり前になった今日のエジプトで、人々の温厚さは怒りへと変貌してしまいました。確かに、壊滅的な近隣のアラブ諸国に比べれば死者は少ない。だが、エジプト的な感覚からすれば、それでも多数の死者には違いない。緊急事態なのです。私たちは、文字通り新たな世界の入口に立っています。すべてが変わりました。3 年前とはまったく違うエジプトなのです。

多くの命が奪われました。人間にとり、死を超える代償はありません。だから私は今、革命から 3 年目の今日、テロとその不条理、そして死について書こうと思ったのです。

弾圧と死を招き、今なお多くのエジプト人を死に至らしめようとする事態について、何を書けばよいでしょうか。あの情熱と激動について、群衆に気高さを、個人に決意をもたらした騒乱と夢について、どうやって伝えたらよいでしょうか。まるで機械のように、そして突然の死を暗示するかのように如才なく冷徹な筆致でしたためればよいでしょうか。でもやはり、死は、たとえそれが予期されたものであっても、私たちを動揺させます。死者が蘇ることはないのですから。人生という物語において私たちは日々前進しています。しかし、死んだら物語はそこでストップするのです。

命はすべてが尊いのです。人の心を揺さぶらない死などありません。

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死、そして死がもたらすもの

死の受け止め方は人それぞれです。私は、観念的な死ではなく、大切な家族、とりわけ若くして突然命を奪われた者の現実の死のことを言っています。一つの命はその他大勢の命に結びついており、一人の死はその他大勢の人生に影響を及ぼします。

愛する者が捕らえられ、一時的に会えなくなったとしても、家族や友人たちは悲しみに立ち向かう勇気を見つけ出すことができるかもしれません。愛する者が釈放されたら、味わった悲しみを癒してくれる、温かい励ましと祝福をささやいてくれる人も出てくるでしょう。しかし、死んでしまったら、悲しみ以外は残らない。やり場のない怒りを爆発させて慟哭の嗚咽を漏らす者もいれば、並はずれた強い自制心を発揮して静かに耐える者もいます。でも、これだけは共通しています。つまり、暴力が、慟哭の嗚咽や後悔の涙、不条理への怒りや激しい動揺、終わりのない苦悩を確実に伴うことだけは・・・。

死者への追悼は、残された者たちと死者との間に悲しみという強固な絆を作り出します。死者の追悼方法は、私の大きなテーマです。悲しみを静かに反映した厳粛な雰囲気の中で哀悼することが私の理想です。お膳立てした儀式の中で周りに聴こえるように大げさに泣きわめくのは、私の求めるものではありません。世の中にはそのような儀式が蔓延しています。悲しみに沈む家族に対して、死者の魂はもう完全に慰められましたよと言わんばかりに演技する職業的な集団まで現れました。しかし、そんなことをされても悲しみは悲しみなのです。心の傷は消えないのです。

ここ数年、エジプトはいやというほど死と苦痛を味わってきました。私たちはその一つひとつを検証する義務を負っています。事件の当事者たちは、その一つひとつをしかるべき方法で調査し、法廷に提出する義務を負っているのです。死の場面に立ち会いながら、見て見ぬ振りをするのは許されません。尊くない命などない。どんな大義があろうと、テロによる殺人は認めてはならない。善良な市民を傷つけ、殺すことを正当化する理由など、この世に存在しないのです。

いつの時代も暴力の犠牲者は若者です。自爆犯の役目を言い渡されるのも、銃を担がされるのも、あるいは銃撃の犠牲となるのも、そして兵役で戦地に送られるのも、十字砲火で焼き殺されるのも、みな若者です。母親たちは涙を流し、父親たちは打ちひしがれます。親は普通、自分が死んだら子供たちに看取ってほしいと考えるものです。その逆を望む親などいません。それ以上空しいことなどありません。青春の真っただ中で断たれた命。壊された夢。突如閉ざされた未来。

親だけではありません。兄弟姉妹、友人たちも心が引き裂かれています。若い人は通常、恐いもの知らずで死など意識しないものですが、彼らは今、自分たちも同じ運命をたどるのだろうかと考え始めているのです。

死んだ人を取り戻すことはできません。死は、たとえそれが、長い療養生活の末に頭の隅をかすめたものであったとしても、辛く、受け入れがたいのです。自分も同じように死んで行くのだなという思い、命の儚さを突きつけられるのです。死は、愛する者の心に大きな穴を残します。愛するものが若くして死んだ場合には、寂しさや悲しさだけでなく、苦痛と怒りも生まれます。

エジプトはこの 3 年間で、このような苦痛と怒りを数え切れぬほど経験しました。この数か月間、そのような経験がますます増えています。北シナイでは、母親たちが息子たちを埋葬しています。殺された警官や軍人の母親たちは、遺骸を収めた棺を手にしています。「どうして。どうして、うちの子が」とおののき、悲嘆にくれながら。

苦痛と怒りは、愛する者を失った人すべてに共通する感情ですが、それとは別の苦痛や怒りも存在します。夢を手にすることができないという永続的な苦痛、そして変質した革命に対する怒りです。これまでの政権下において、自由や社会的な正義、人間の尊厳について夢を見ることはできない相談でした。公正な法制度のもとに誰もが平等に扱われ、保護され、尊重されるという、民主的な共和国が誕生するのはかなり遠い先のことになるでしょう。政治家たちは、経済的な幸せ、つまり、やりがいがあり、定収入を得ることが可能な仕事を若者が望めるような好景気を公約に掲げてきましたが、実現には程遠い状況です。今、街にあふれる何百万人という無職の若者たちは、平和的に始まったあの民衆運動の中心にいたのです。彼らの運動は、為政者に脅威を、そして世界に衝撃を与えました。今日、彼らの多くが洗脳されて、ムスリム同胞団や原理主義者たちの分派の最前線に立っています。彼らは、大学や市民の日常生活をやみくもに破壊し続けています。ムスリム同胞団が、Morsi (ムルシー) 大統領解任後の政権につこうとしていますが、(洗脳された)若者たちはその動きを強化するためのテロの鉄砲玉と化しているのです。

苦痛と怒りが、瞬く間にエジプト全土に広がりました。国民は、ムスリム同胞団や原理主義者たちに向かって立ち上がりました。国民は、政府がムスリム同胞団や原理主義者たちに断固たる措置をとるよう求めています。テロを撲滅する以上の強い措置を求めています。戦争まではいかないとしても、法治国家として厳しくテロリストたちを懲らしめるべきだと考えています。ですが、それは難しい。従来の政府は、テロの撲滅といったお題目にはそれなりの成果を挙げました。しかし民主主義や自由、多元主義という夢を常に牽制してきたのです。

強権を望む姿勢の根底には苦痛と怒りとがあります。テロは、国民の基本的な安全が当たり前のことだと思われる国で起きると、これ以上ないほどの破壊力と残虐性を発揮しますが、暴力には暴力だという短絡的な考えには注意が必要です。それはエジプトだけの課題ではありません。現在、テロや原理主義者たちに悩まされている、そして、これから悩むことになるであろう国すべてに共通する課題なのです。

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暴力の渦 - 弾圧の悪循環

政府は、目標達成のために暴力を用いる者たちに、厳しい姿勢で立ち向かう必要があります。どの程度厳しくすればよいかを判断するのは、もちろん容易なことではありません。反体制派によるテロは、その目的がいかなるものであれ、認めてはならない。厳しく対処しなければなりません。安全な生活を送るという国民の権利を守らなければならないのです。

もちろん、反体制派のメンバー全員がテロリストなどということはありえません。そのほとんどはそうではない。では、どうしたらよいのでしょうか。奴らは善良な市民を殺そうとしたのだという主張は、弾圧を不当に強める危険性をはらんでいます。反体制派の中には、実際に殺人を企てた者もいるでしょう。と同時に、理念に賛同しただけで、テロには反対する者もいます。通常は、後者がほとんどです。もちろん、理念には反対するが政府にも反対するのでテロを支持し、自ら鉄砲玉と化すようになった者がいるのも事実です。

しかし、対立する部族間で繰り返される暴力行為が、その理由を報復のためとするのと同様に、政府も反体制派も、危険な理由を正当化しようとしています。双方が血を流すのは時間の問題です。流血を防ごう、暴力を抑えよう、そのために強権を発動しようという声があちこちで挙がっています。それがもたらすものは厳しい弾圧です。そして悪化した治安に疲れ、法と秩序を求める民衆の、弾圧への支持です。反体制派はますます暴力に走り、テロリストと化します。政府は弾圧をますます強め、テロリストとその支持者を潰そうとします。そしてますます権力を強めていきます。

政治家たちが危険な動きをしています。その動きは加速する一方です。誰にも止められません。さまざまな利害を調整し、流血を防ぎ、規範と寛容さを維持して正義を実現するには、きわめて高い能力と自制心が必要となります。

それが実行できる政府は稀有な存在です。反体制派が暴力やテロに走ると、その芽を摘むことだけに成功すればよいのですが、一線を越えてしまう場合があります。そうなれば政府の違法性が問われるようになります。メディアによる監視や健全な野党、多くの情報が存在するような国でさえ、一線を越えることがあります。多数の市民が瑣末なことを理由に自由を奪われています。そして恐ろしいことに、そうです、非常に恐ろしいことに、法は無視され、蟻地獄のように底のない、非情な弾圧が始まるのです。容疑者は執拗に尋問を受け、虐待されるようになります。それが日常的な光景となっていくのです。

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公明正大な専制君主でも必ずたどる道

権力者は、自分にその意図がなくても、次第に独裁的、強権的になっていき、独裁国家を誕生させます。あのお方は公明正大な御仁なのです、という評価を受けることが決してないとはいえませんが、それでも私は、独裁者には危惧を感じざるをえません。独裁制は民主制の対極にあるからです。人権が尊重されることはまずありません。独裁政はあっというま間に、その組織網を国中に張り巡らせます。そして反体制派はテロリスト、テロ支援者であるとみなして次々と拘束するようになります。反対意見を述べることはすべて犯罪として扱われるようになります。

こうして、"犯罪者" が激増します。国家保安を名目に、反体制派の人権は無視されるようになります。来た道を引き返すことができなくなります。国家が間違った方向に舵を切って進むのを、理性によって阻止しなければなりません。さもないと、人権の蹂躙がはじめは微々たるものであっても、次第に強化されるようになり、しまいには当たり前のことになってしまいます。

異分子はその主張がどのようなものであれ、非国民、乱賊とみなされるようになります。そして、多元主義を守りつつ、一つの方向に舵を切るような社会、いろいろな考えをもつ人たちが自由に発言できるような民主主義国家、国民一人ひとりが活発に議論しながら政治に参画できるような国家を実現するという夢は滅びます。異なる考えは検閲の憂き目に遭い、討論や意見交換は優柔不断で忌まわしい行為と蔑まれるようになります。かわりに国家に忠誠を誓うこと、周囲と同じように発言し行動することが礼讃されるようになります。国家目標は国を守るためにあるのだ、それに異を唱えることは犯罪なのだ、国家の保安と利益を傷つけるのだとみなされて、弾圧されるようになります。

弾圧の恐怖

国家の保安や利益という漠然とした概念を盾にして法が無視され、弾圧が始まります。異分子は孤立を余儀なくされ、"犯罪者" に仕立て上げられます。異を唱えることは、嘲笑かつ処罰の対象となります。命令が全国に行きわたります。背広姿の役人が強大な権力を行使するようになります。そして国民のためなのだと喧伝しながら、権力独占のために奔走します。

公安当局のすることは世界共通です。反体制派は一人残らずアジテーターだ、テロリストだと目を付けられます。でたらめな証拠を採用し、法を無視し、善良な市民や犯罪者の別なく拘束します。彼らを刑務所にぶち込み、虐待し自白を強要します。

"犯罪者" を骨抜きにし、その主張を悔い改めさせることが、強いイデオロギー性を帯びた独裁政権の常套手段です。スターリン主義が吹き荒れた1930 年代のモスクワ裁判を見ても明らかなことです。Arthur Koestler (アーサー・ケストラー) が『真昼の暗黒』の中で赤裸々に描いたように、転向と自己批判が強要され、しかも強要に応じたにも拘わらず、処刑される者が後を絶ちませんでした。まるで異分子を揉み消すことが正義なのだとでもいうかのように。忠誠を誓うことのできない者は存在する価値がないのだとでもいうかのように。さらには異分子を根絶やしにすることは、その同志や反体制派への見せしめに過ぎないのだとでもいうかのように・・・。殉教は認められないのです。

しかしだからこそ、反体制派は必ずしも拘留されたり、抑圧を受けたりするとは限らないのです。このことに気づけば、"犯罪者" は延々と続く心理的抑圧や肉体的苦痛に耐えうるだけの強靭な精神を手に入れることができるでしょう。

青年時代に拘留され、虐待された経験を持つ同僚に訊いたことがあります。なぜ言われるとおり自供しなかったのかと。極限状態に置かれた者は、ほとんどが自白をしたり、余計な情報を漏らしたりするようになります。拷問官という類の人間は全員がサディストですが、彼らは "犯罪者" を極限状態のなかで、いたぶり続けます。ですから、言われた通りに "白状" さえすれば、さらなる苦痛や恐怖を逃れられたのではないか。少なくとも苦痛や恐怖を最小限に抑えられたのではないか。そのほうが賢いと言えるのではないか。

彼の答に心を打たれました。それは理性的に拵えたものではなく、極限状態を味わった者だけが抱くであろう感情によるものでした。彼は言いました。意地を張ろうとしたわけではないのだ、ただ拷問官の勝利を認めるわけにはいかなかった、自らに嘘をつくわけにはいかなかったのだ、と。己の政治的信念を貫き、不当な弾圧や非情な権力と対峙し、政府の蛮行に非を鳴らすために叫んだのだ、と。当局や看守たちが自分たちの地位を正当化するために、自白を強要することに警鐘をならしたかったのだ、と。囚人としてすべてを失ったけれどもわずかに残っている人間としての尊厳を手放してなるものかと必死だったのだ、と。

虐待を受けた者は、社会に復帰すると、以前とはまるで別人のようになります。廃人になったり、ちょっとしたことに過敏に反応したり、稀なケースですが冷静沈着になったりします。逆に以前と変わらぬ頑なで好戦的な態度を貫くだけでなく、支払った代償や味わった恐怖ゆえに、一層急進的になる者も多いようです。

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暴力が残すもの

エジプト革命は、多くの若い命を奪い、多くの市民を疲弊させ、廃人を生みました。犯罪者扱いされたまま残された人生を送ることなど、実は大したことではありません。それよりも、価値観や哲学を否定され、アイデンティティを奪われることのほうが悲劇といえます。刑務所は人を変えます。理想や善意、純朴さを奪います。そして覇気のない、ひねくれてパサパサに乾ききった心だけが残ります。刑務所という場所が犯罪者の矯正にほとんど何の意味ももたないことは周知の事実ですが、政治犯であれば、それはなおさらのことです。

政治犯やテロリストや当局に抹殺された者の家族の別なく、悲しみは、復讐へと形を変えます。

暴力への怒りは、正義を遂行せねばという強い思いに姿を変えます。そして幾多の複葉を持つシダ植物のように大きく成長していきます。複葉の一つひとつが救済や慰め、恐怖の終結を希求するようになります。

正義はしかし、それ自体が時間ともに変質します。正義という名のシダは生気を失い、次第に復讐という名の枯れ葉へと変貌します。青々とした複葉はやがて茶褐色になります。

怒りは心を破壊し、憎悪を生みます。

復讐とはなんと卑劣な行為でしょうか。
なんと荒んだ行為でしょうか。
己の正義のために、それ以外の大義への拒絶がはじまる。
暴力と憎悪の連鎖がはじまるのです。

今こそ私たちは学ぶべきです。気高い友人たちは、悲しみをよりよい未来を築くためのエネルギーに昇華させたのです。彼らから学ぶべきです。憎悪や復讐は幸福をもたらすことなく、ただ空しさだけを残していきます。理不尽な敵に対する憎しみの霧のなかで、本来の目的を見失い、報復だけが目的となる。暴力には暴力を、苦痛には苦痛を・・・。そこにあるのは欺瞞と自己正当化です。それらは、記憶という書物にはさまれた、枯れたシダの複葉のように存在しています。しかし、ページをめくれば、粉々に砕け散るだけです。私たちは、記憶に正面から向き合い、克服する勇気を持つべきなのです。

それによって何が見えてくるでしょうか。

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天の導きに従え

革命の原点を思い出すべきです。世界を揺さぶり、明るい希望をもたらした、気高く堂々とした民衆のデモを思い出すべきです。革命の勃発から 3 年が過ぎました。理想の追求という過程において、幾多の若者が命を落としました。しかし彼らは私たちの中に生きている。家族や友人の悲しみの中に、私たちの苦しい記憶の中に生きているのです。

悲しみや苦しみは今に始まったものではない。ナイジェリア内戦を生き延びたノーベル賞作家 Wole Soyinka (ウォーレ・ショインカ) は、敵味方の別なく、人間の死というものに遭遇した者が味わう、重苦しい緊張状態について書いています。Soyinka は「記憶の重荷」や「赦しの女神」について、独特のスタイルで記述しています。戦争被害者たちの苦悩を、同時代に生きる者としていかに伝えるべきかを示しています。犠牲者を置き去りにして、自分たちだけが前進するのは犯罪と言えるでしょう。赦して忘れることは裏切り行為とも言えるでしょう。しかし、それでも社会は前進しなければならないのです。過去にしがみついて生きることはできない。新たなページ、新たな時代を拓くことをためらってはならない。犯罪者の子供は犯罪者ではないのです。「赦しの女神」について、そして逃れられない「記憶の重荷」と「赦しの女神」とが結びついて生みだす緊張について、 Soyinka が書いた理由はそこにあります。

「記憶の重荷」と「赦しの女神」は今もすぐそこに存在し、消そうと思っても消すことはできません。記憶の誘惑に屈し、終息を願って悲しみの声をあげ、正義のために復讐を誓うほうが簡単ですが、それでも前を向くべきなのです。後ろを振り返っても何も生まれないのです。復讐への欲念は募っても、しかし、天の導きに従うのです。殺戮者を法で裁き、その支持者を許すよう神は説きます。それこそが国民の和解への道であり、輝かしい未来を築く唯一の手立てだと説きます。天の導きに従うのです。

歴史上の偉人たちも、天の導きに従ったのです。彼らの偉功を振り返るとき、心の中の「赦しの女神」が目を覚ましく輝き始めます。Jesus (イエス) は「自分たちの行いを分かっていない」敵を赦しました。預言者 Muhammad (ムハンマド) は、メッカの住人との果てしなく続いた戦いに勝利を収め、メッカに入るとき、彼らを赦しました。現実の政治の世界に目を転じても、同じような例はたくさんあります。Lincoln (リンカーン) は奴隷を解放し、また南北戦争を起こして北軍に抵抗した者をすべて赦しました。Gandhi (ガンジー) は、「目には目を」という姿勢を貫けば全人類が盲目になってしまうと諭しました。Mandela (マンデラ) は 27年の長期にわたって抑留されたにも関わらず、アパルトヘイトの恐怖に屈することなく、復讐ではなく、民主主義を選びました。そしてアパルトヘイトを廃止し、国民の和解を実現しました。真実和解委員会を通じて抑圧された者の声を聴き、訴えを記録し、正義と和解と「虹色の国家」を取り戻しました。

Jean Monet (ジャン・モネ) や Robert Schumann (ロベール・シューマン) のような「夢想家」もいました。彼らは、第 2 次世界大戦の大量殺戮からわずか数年後に、欧州統合という構想を提唱しました。多数の国からなる一つの共同体が、互いの紛争を禁じて、平和と民主主義の下に協調し発展してゆくという構想です。それはたった 1 世代で実現しました。現在のフランスとドイツの若者たちが、自分たちの国同士が再び争う姿を想像するのは困難なことでしょう。

私たち人類のあらゆる努力や行動は不完全なものです。しかしそれでも私たちエジプト人は、先達にならって暴力を克服し、和解に向けて前進しなければなりません。その準備は整っているでしょうか。それとも、混乱と殺戮の終結、豊かで安全な社会に向かって前進しようとする人たちを無視するのでしょうか。テロとの闘いのために死傷者を出し続けるのでしょうか。

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野心の誘惑と権力の腐敗

強大な軍隊や警察、公安組織を持つ国の指導者は、テロ撲滅を願う国民に対しての威厳を取り戻そう、国家を再び輝かせようとありとあらゆる手段を利用します。自国の歴史的な偉人たちに、自らを重ね合わせようとさえします。野心を抱くのは人として避けられないことかもしれません。しかしそれは、指導者の陰に隠れて謀略を企む連中に、絶好のチャンスを与えることにつながります。そんな連中がたくさんいるのです。彼らは鋭い嗅覚を働かせて巧みに指導者に擦り寄り、その耳から反対意見を遠ざけ、情報を操作するようになります。古代ローマでは、近衛軍団が皇帝を操り、帝国腐敗の元凶となりました。このような連中は、指導者を鉄の囲いの中に閉じ込め、閣下は歴史が誇る偉大な指導者です、などとおだて、その権力を囲いの内に封じ込めます。そして自分たちの思い通りに指導者を操り、権力を奪い始めます。指導者には都合のよい情報だけを伝えます。すべては "歴史的な偉業を成し遂げる" ために行われるのです。監視機能を失い、プロパガンダの広告塔と化したメディアは、歴史に残るこの指導者が、無私の心で国民の幸せだけを願っているのだと大々的に喧伝します。多数の恵まれぬ人々たちに手を差し伸べる素晴らしい人格者なのだと持ちあげます。野心が袖から顔を出し、誘惑という舞台に権力者を引きずり込みます。人は誰しも、崇高な動機と利他主義に駆られて自分は行動しているのだと思いたい。国民のために偉大な国を築きたいと思い込みたいのです。

しかし誘惑に溺れた指導者が手にした権力は、確実に腐敗への道をたどります。「権力は腐敗する。絶対的権力は絶対的に腐敗する」という Lord Acton (アクトン卿) の名言通りになります。

彼らが最初から悪人だったわけではありません。国民の利益を実現するという理想と誠実さを持っていました。ところが権力を手に入れ理想を実現できる立場に就くと、自分と同じように誠実でありながら、しかし理想の実現方法については異なる考えを持つ人間と出会うようになります。そこではじめて妥協点を見いだすことの難しさに気づきます。他人を納得させるのは大変な仕事です。専門性の高い分野であればなおさらです。国を思う気持ち、純粋さにおいて、なんら違いはないのです。しかし自らの理想を実現できるのは権力者のほうです。

そこに罠があります。権力者は、規制という手段を使えば容易に目的を果たせることに味をしめ、堕落し始めます。自らの目的だけが疑う余地のない英知なのだと錯覚するようになります。そして国民のほうを向くのをやめ、自分と同じ考えを持つ者たち、ごますり連中だけで周りを固めるようになります。ごますり連中もまた、自分たちに対して追従する者たちだけを寵愛するようになります。そして不必要なポストを拵え、そこに引き上げるようになります。

腐敗が広がります。名目的なポストが体制側の人間に与えられます。投機的事業は独占され、政府関係者は土地転がしで私腹を肥やすようになり、不当な利益を指導者や取り巻き連中と分け合います。公益団体の貸付金は横領され、消え去ります。国民の生活を楽にするような事業ではなく、仰々しい計画だけが遂行され、それに対する説明責任は果たされず、不満が抑え込まれます。選挙は指導者の権力を再確認するだけの形式的なものへと変化します。こうして、指導者と取り巻き "エリート" 官僚たちの双方ともに、正義と野心の区別がつかなくなり、腐敗が深化します。抑止力をなくした権力者のなれの果てです。

一握りの特定の者だけが欲望を満たせるような統治制度ではなく、庶民が心から望むような統治制度を模索する必要があります。それは、優秀で高潔な人間をトップに据え、腐敗を断てるような制度です。そのような希有な才能が生まれることがあります。アメリカ合衆国の建国時に登場した George Washington (ジョージ・ワシントン) が良い例です。かの国で、法による統治と三権分立が実現したのは、 Washington の強い自制心によります。

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神に祝福された指導者

怒りと喪失の時代の中でエジプトの世論は、先ごろ陸軍元帥に任命された Abdel Fattah El Sissi (アブドルファッターフ・アッ=シーシ) 将軍を支持し始めました。今、彼は軍の最高指導者を辞任し、新たに承認された憲法のもと、大統領選に向けて準備を始めました。不測の事態でも起きない限り、彼は圧倒的な支持を得て当選するでしょう。次期エジプト大統領になるだろうと思います。

彼は膨大な数の困難に直面することになります。あちこちで発生する暴力や政府高官の腐敗、非能率的な政府機関、破廉恥な違法行為に立ち向かうには、全国民からの支持が必要となるでしょう。シーシ将軍は本当に、才覚ある側近を味方に付け、これらの問題と向き合い、エジプト中に巣くった危機を解決できる、優れたビジョンを持った指導者になれるでしょうか。ぜひそうあってほしいと願っています。

George Washington のごとき自制心を発揮し、独裁国家への誘惑と腐敗に打ち勝つことができるでしょうか。神の祝福を受けた類まれな指導者として、法治国家を実現することができるでしょうか。ぜひそうあってほしいと願っています。

苦難を経て、なお包括的な多元主義への夢を持ち続けるエジプト国家と国民のために、テロを終結させ、国民の和解をもたらすことができるでしょうか。ぜひそうあってほしいと願っています。

多数の根深い問題が国民を分断し、高齢者を不安に陥れ、無職の若者を虚無感で満たしました。心の平安を求めて宗教を信じる者を失意の底に突き落としました。彼はこれらの問題に対処できるでしょうか。ぜひそうあってほしいと願っています。

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変わり続ける永遠の "若者"

エジプトが岐路に立っているのは紛れもない事実です。イスラム主義の潮流や目論見が終息しようとしています。と同時に独裁主義と抑圧という名の亡霊が蘇るチャンスを伺っています。新たな憲法や指導者、議会、司法はそれを制御できるでしょうか。包括的な多元主義という、かけがえのない夢は実現するでしょうか。それとも単なる幻に終わるでしょうか。現在、そして未来の若者は、この国に自由の灯を再び燃やさなければならないのです。

ビジョンや夢を作り出し、よりよい国家、より清く公正な社会を築くという目的を実現するのは、若者です。私が少年時代を過ごした 60 年代は、パリからカイロへ、合衆国の大学からアフリカ諸国へ、アジアの平原からラテンアメリカのスラムへ、地球上のあちこちで、若者が熱い夢を見ていました。その結果、植民地主義やアパルトヘイトが終焉し、世界中の女性や弱者の人権が著しく向上したのです。

しかしかつての若者は、歳を重ねるにつれ、あれほど蔑んでいた伝統や、ブルジョワ的な価値観を手に入れたいと願うようになりました。いまや自らの周囲をブルジョワ的な不条理で固めています。絞り染めの T シャツやジーンズを身にまとい、髭を生やした長髪の革命主義者たちはいまや、あれほど目の敵にしていた経営者や銀行家、政治家、役人となりました。反抗的な過去の若者は、いまや別の世代の反抗的な若者の親となりました。時代は巡る。そしていつの世にも、夢想家や革命主義者が現われるのです。

若者は人間的尊厳の真の保護者です。彼らはいつの世にも革命の情熱を再びたぎらせ、時代にふさわしい新たな夢を抱きます。この 3 年間、多くの勇気ある若者が登場しました。私は今も、これからも、彼らを信じ続けるでしょう。Robert Frost (ロバート・フロスト) の詩を紹介します。

私は年老い、若者に学ぶ
しなやかさを失い、ひびが入る
しかし、懸命に学び、傷口を塞ぐ
命の泉を湧かせ、未来のために学ぶ

精神の若さが肉体の若さに劣ることはありません。年月は顔に皺の数を増やしますが、夢を捨てた瞬間、心にも皺を増やします。肌がくすみ、筋力が衰え、白髪が増え、目が衰えても、心を若く保つことは可能です。なぜなら人は、

信頼の数だけ若さを保ち、疑いの数だけ老けるのです
夢の数だけ若さを保ち、冷笑の数だけ老けるのです
自信の数だけ若さを保ち、恐怖の数だけ老けるのです
希望の数だけ若さを保ち、絶望の数だけ老けるのです

夢と希望、励ましと勇気を信じる限り、若者なのです。悲嘆に暮れ夢を失ったとき、老人になるのです。そして Douglas MacArthur (ダグラス・マッカーサー) がいみじくも言ったように、「ただ、消え去るのみ」です。

エジプト革命はたった 3歳の幼児です。歴史という書物には載っていないことが山のようにあります。この先何が起きるのか、誰にも分かりません。しかし革命の約束が果たされ、たとえ一部にせよ夢が実現するのは、万人の尊厳と平等、自由と国民参加を前提とした、法によって守られた共和国家が誕生するときです。それを達成することができるのは、今日そして明日のエジプトの若者たちなのです。

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