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野中郁次郎(一橋大学名誉教授)

差異と統合

「知識経営」にとっての多元性と「場」

野中郁次郎(一橋大学名誉教授) 差異と統合 -「知識経営」にとっての多元性と「場」-

I 「知識経営」と多元性について

Q1.先生は、「知識経営」の提唱者として世界的に知られていらっしゃるわけですが、
「知識経営」に於ける「知識創造」に関して、「多元的」であるというのはどういう意味を持つのでしょうか。

◎差異が差異をつくる

わたしたちがやってきたことは、「知の創造」ということで企業を捉えるということです。ピーター・ドラッカーは、知識が最大の資源になる社会として、「知識社会」という概念を出しました。わたしたちは、その「知識社会」に向かって組織的に知を生み出す理論と方法をつくってきたわけです。

 

先ず、知識は、「個人の信念・想いを人と人との相互作用のなかで社会的に正当化していくダイナミックなプロセス」として捉えることができます。ここで判るのは、知識は人間にしか生み出せないこと。そして、状況の変化とともに陳腐化するため、常につくり続けなければならないということです。

 

しかも、高質な知を生み出すためには、差異が差異をつくるというか、ひとり一人の差というものがなければ、相互作用のなかでいくら如何に知を生み出しても、同質化してしまう危険性があります。Difference makes difference ですね。この意味で、多元的であることは極めて重要と言えるでしょう。

 

◎知識創造はプロセス

そして、知識を創造するというのは、まさにプロセスであるということです。わたしは、最近ではプロセス哲学という考え方を入れ込むことによって、これまでの立場をもう少しハッキリさせようと考えています。

 

プロセス哲学というと難しそうですが、ヘラクレイトスの「万物流転」もそうですし、仏教の「諸行無常」もプロセス哲学ととらえられます。そういう意味では、日本人には馴染みの深い考え方かも知れません。川は「もの」なのかと言えば、ある意味で川というものはない。川は絶え間ない流れであるということになります。

 

そういう意味でいま、ホワイトヘッドのプロセス哲学に関心があります。かれは「プロセスの本質というのは、未来に向けた創造的な統合に向かっている」と述べています。あるというbeingよりも、いつもbecomingになるというか、そういう状態が本来のプロセスであるということです。 従って、人間もただここに在るbeingというのではなく、いつも成るbecomingというか、常に新たな経験や価値が付加されることで、新たな存在で在り続けているわけで、そのプロセスが未来を創造することに繋がっていくわけです。

 

◎「もの」と「こと」

このプロセスを考えるとき、「もの」と「こと」の捉え方が大切になってきます。「もの」というのは、連続したプロセスから切り取られた特定な状況や時間を意味します。つまり、われわれが知識創造をするというとき、自分の思いを言葉にし、コンセプトにしていきますが、実現化するためには具体的な商品や技術、サービスなどの「もの」になります。しかしながら、それらをマーケットに投入すると、今度はいろいろな人たちの知を触発するわけですから、絶えず修正されることになります。それがまたプロセスというか、「こと」(英語ではevent、つまり動詞ですけれども)になって、さらに新しい「もの」を生み出していくわけです。つまり、人と人との経験の交流のなかで、「こと」(動詞的状況)と、「もの」(名詞的状況)とが反復されて、次々と新しい知が生み出されていくわけです。このように知の創造を「こと」と「もの」のスパイラル運動という形で捉えると、よりクリアになっていくと思うのです。

SECI(セキ)モデル*などもそうですが、知識創造は正にプロセスですね。

 

*SECIモデル

組織において知識が創造されるには次の4つの知識変換プロセスがある、とする野中郁次郎氏のモデル概念。Socialization(共同化)、Externalization(表出化)、Combination(連結化)、Internalization(内面化)の4つのプロセスが相互に作用して一段上の知識レベルへ昇華するプロセスを理論化したもの。1991年ハーバード・ビジネス・レビューに掲載・紹介された。

 

 

II 新たな知の創造のために

Q2.新たな知の創造のために「多元性」が必要なこと、知識創造がプロセスであることは良く分かりました。では、実際に、そうした知を生み出していくためには、どのような工夫が必要なのでしょうか。

◎知を創発する「場」

そういうプロセスを生み出すような処と言いますか、知を創発するためには、「場」がどうしても重要になってきます。その「場」というのは何かというと、やはり関係性を共有する、英語で言うとhere now relationship というのでしょうか、主体と客体が分離していない、相互作用の間ということになるのかも知れません。主体と客体とが相互作用のなかで、今ここの時点で動いている関係性のなかで、一緒になって経験しているという現実、これはなかなか分析的には捉えられないのですが、きわめて重要なポイントだと考えています。

 

これに関連して、精神病理学者の木村敏は、アクチュアリティActualityという言葉を使っています。Actualityというのは、いま正にここの中で進行している関係性で、「こと」のなかで身をもって経験している現実ということを言っていて、一瞬も固定できないので科学では扱えないと。従って、ある意味で「こと」的現実というのは、動詞的現実とも言えるでしょう。

ところが、「もの」的現実というのは、完了形で固定化できるので、因果律が明確となり、科学で扱えると。そういうものですね、リアリティRealityというのは。 Actualityの語源はactionからきているようなので、その中に身をもって参画しているというか、「こと」が活き活きとしたActualityとして感じられるためには、やはり「もの」によって媒介されている必要があります。それは見えますから。そういう意味で、現実というのは二義性があるということを言っているわけです。

 

わたしたちが考えている「場」というのは、正にActualな、いまここの関係性をダイナミックに共有しているところ。そういうところから、知が創発されてくるという風に考えています。

 

言い換えるなら、世界は「こと」で捉えるという考え方の方が、やはり活き活きとしてくるのではないでしょうか。しかも関係性で捉えるということは、(人と人とが、あるいは人と物とが相互作用する)差異というものを、多元性といっても構いませんが、そういうものを許容する「場」というものが、もっとも知的に生産的な「場」ではないかと思っています。

 

◎「こと」的な見方

例えば製薬業に於いて、薬という「もの」ではなく、ケアという「こと」として捉えるとどうなるでしょうか。ケアといったとたんに関係性になり、「もの(薬)」とサービスが一緒になってきますね。「もの」だけの視点から離れて、多元的にみること。そうすると、プロセスが見えてきます。これが「こと」の世界です。

「もの」から「こと」へ

もの的世界観

→ 単一的 → 名詞的

こと的世界観

→ 多元的

 

↓↑

 

→ プロセス的 → 動詞的

 

アングロサクソンの人たちの創ったマネジメントの特色のひとつは、企業は株主への報酬を最大化するために、自由に売買合併解体できる金儲け装置とみなすという点にあります。このマネー・メーキング・マシンという捉え方は、企業に対する「もの」的見方です。

しかしながら、「こと」的見方というか、プロセス的見方ということであれば、企業とは、ひとり一人の人間の思いを真理にむかって社会的に正当化していくダイナミックなプロセスだということができます。世界はむしろ「こと」から成っているわけです。実は、「こと」は「もの」も含んでいると捉えた方が、現実に、よりクリエイティブに発想が湧いてくるのではないかと考えています。

 

◎「こと的な知」としての経験

そして、プロセスから獲得できる知が経験だと思うのです。マイケル・ポランニーの「われわれは語ることができるよりも多くのことを知っている」という発想、プロセスから生まれる知の特質としての「暗黙知」、かれはTacit Knowingタシット・ノーイングと言っていますが、ここに於いては、経験というものが非常に重要なのです。経験というのは動詞のなかで獲得されていく知であり、必ず関係性として繋がっていくことになるので、わたしは、経験というのは「こと的な知」ではないかと思っています。つまり経験=「こと的な知」は、もっとも具体的な統一体であって、主体的で能動的で、関係性のなかから生成されていく知であり、知のマグマが「暗黙知」であることに於いて、極めて大切なものなのです。

 

◎「こと」のなかの「もの」

一般に西洋の知というのは、すでに与えられて利用可能な状態でそこにある、つまり名詞としての「形式知」、そういう発想が非常に強いのではないかと思います。「名詞的な知」といいますか、もう、そこにあるのだと。 しかしながら、わたしたちは、すべて世界は「こと」であり、プロセスであると捉えているので、そもそも知というのは与えられてあるものでなく、つくるものであると考えています。これは「動詞的な知」ですね。 そして、このつくるプロセスの中で名詞化されてできてきたのが「形式知」であり、それは「もの」なのですが、ここでやはり経験を重視するのは、プロセスから生まれる知=「暗黙知」を大切にする、それこそが知の源泉(マグマ)であると考えているからなのですね。この両者は相互補完的なものだと思います。

 

ところが、マイケル・ポランニーも、タシット・ノーイングというか、プロセスから生まれる経験知ということは強調したのですけれども、プロセスから「もの」へ、「暗黙知」から「形式知」へといったことの重要性、もっというと言語の重要性、言語の普遍化能力というものを入れ込まなかった。言語があれば明示化され、それによってプロセス自身も評価できるようになるのに、「こと」のなかの「もの」という発想がなかったのです。そういう意味で、相互補完的ではありませんでした。

 

これに対して、わたしたちは「こと」のなかの「もの」を「形式知」という形にして、むしろ知を創造する、しかも組織的に創造するということは、「暗黙知」と「形式知」の相互変換プロセスであると捉えた。ここのところに、たぶん特色があるのではないかと思っています。

 

池田 裕(三笠宮記念図書館館長)

野中 郁次郎 (のなか いくじろう)

一橋大学名誉教授。

カリフォルニア大学バークレー校経営大学院ゼロックス知識学特別名誉ファカルティー・スカラー。

クレアモント大学院大学ドラッカー・スクール名誉スカラー。

「知識経営論」の生みの親として世界的に知られる。

2002年紫綬褒章受章。

 

[ 略歴 ]

1935年東京生まれ。

早稲田大学政治経済学部卒業後、富士電機製造を経て、カリフォルニア大学経営大学院(バークレー校)にてPH.D.取得。南山大学、防衛大学校、一橋大学、北陸先端科学技術大学院大学、一橋大学大学院国際企業戦略研究科各教授を経て現職。

 

[ 主要著書 ]

『経営管理』日経文庫(1980)、 『企業進化論』日本経済新聞社(1985)、日経ビジネス文庫(2002)/ 『失敗の本質』 
(戸部良一、寺本義也、鎌田伸一、杉之尾孝生、村井友秀との共著)ダイヤモンド社(1984)・中公文庫(1991)/ 『知識創造の経営』日本経済新聞社(1990)/ 『アメリカ海兵隊―非営利型組織の自己革新』中公新書(1995)/ 『知力経営』日本経済新聞社(1995)/ “The Knowledge Creating Company”(竹内弘高との共著) Oxford Univ.Press (1995)/ 邦訳『知識創造企業』梅本勝博訳 東洋経済新報社(1996)/ 『組織と市場』千倉書房(1998)/ 『知識経営のすすめ』(紺野登との共著)ちくま新書(1999)/ 『知識創造の方法論』(紺野登との共著)東洋経済新報社(2003)/ 『イノベーションの本質』(勝見明との共著)日経BP社(2004)/ 『戦略の本質』
(戸部良一、寺本義也、鎌田伸一、杉之尾孝生、村井友秀との共著)日本経済新聞社(2005)/ 『イノベーションの作法』(勝見明との共著)日本経済新聞出版社(2007)/ 『美徳の経営』(紺野登との共著)NTT出版(2007)/ 『経営の美学』(嶋口充輝、価値創造フォーラム21との共同編集)日本経済新聞出版(2007)/ 『世界の知で創る』(徳岡晃一郎との共著)東洋経済新報社(2009)