アレクサンドリアJAPAN フォーラム
アレキサンドリア HOME

池田 裕(三笠宮記念図書館館長)

小さなアレクサンドリア図書館を目指して

学問の国際協力の意味と「三笠宮記念図書館」の試み

池田 裕(三笠宮記念図書館館長) 小さなアレクサンドリア図書館を目指して -学問の国際協力の意味と「三笠宮記念図書館」の試み-

◎ 聖書は日本との対話を待っている

Q1.先生が、旧約聖書を研究テーマに選ばれたのには、どういう理由があったのでしょうか。

若いときに文学その他がきっかけで旧約聖書と出会って読みはじめ、その物語や記述に強く惹かれましたが、読むだけでは満足できず、聖書が生まれた土地や自然を実際に自分の目で見て確かめたくなりました。そして、思い切って現地へ出かけて行ったわけです。具体的にはエルサレムのヘブライ大学で学ぶことになりました。

 

エルサレムは標高800メートルの丘の上にある非常に古い都ですが、丘の東側には広大な茶褐色の荒涼とした大地がはるか遠く死海の低地まで続いていました。それは、自分の育った緑豊かな日本とはまるで正反対の厳しい風土であり、世界でした。

 

しかし、非常に厳しい世界でしたが、ともかくそこで踏ん張っているとその厳しい風土や世界に対して、だんだん親しみや愛情が湧いてきました。最初、心のなかで対立していた荒野も、実は豊かな愛すべき自然なのだということがわかってきたのです。一年の大半は石と枯れたアザミだけの荒野なのですが、雨季になり降雨のあとしばらくすると、うっすらと緑の草に覆われ、赤や黄や紫の花が一斉に咲き出します。その荒野の劇的な変貌に触れたとき、強烈な感動を覚えました。自ら選んだ道とはいえ勉学の厳しさを思い知らされる日々だったのですが、大自然を通して感動を味わったことで、それまで溜まっていたものが吹っ切れたようでした。

 

荒野の風土が身近なものになると、今度はその風土を背景にして生まれたヘブライ語ということばの背景も見えてきて、それまでになく身近なものとなります。背景を知ってことばを理解するというのは、辞書だけではできないことですね。辞書では絶対わからない、自分の体験と観察を通して初めてわかるといっても、それを積み重ねていくのには時間がかかります。結局、何年という歳月を経ることになるのですが、そうした自分の目と肌で確認し感じ取ったものを土台にして、自分の聖書やことばに対する新たな考えや理解を現地の研究者や一般の人々に語ったとき、日本人の言うことだからといって否定的に受けとめられるかなと思ったらそういうことはなく、非常に面白いと言って関心を示してくれました。これには大変勇気づけられました。

 

それから幾歳月を経て、旧約聖書が研究の主要なテリトリーになりましたが、自分の関心をつきつめて言えば、「自然を愛する人間が旧約聖書を読んだときに何が見え、どういうことが言えるか」ということになるでしょうか。

日本文化の感性と旧約聖書を通して知る古代ヘブライあるいはイスラエル文化の感性はともに豊かです。日本の風土の湿潤と聖書の風土の砂漠性気候は、瞬間的に見ればコントラストが非常に強いですが、よく見るといろいろな点でつながっています。日本の自然にも厳しい側面が多々あるということです。二つの世界と自然をあわてずじっくり観察していると、豊かな対話の場が見えてきます。

 

Q2.文化系の学問の国際協力について、どのようにお考えでしょうか。

最近、日本からの発信といったことがよく言われますが、そこにはいくつか気をつけなければいけない点があると思います。日本からの発信といっても、日本の文化全体をバランスよく発信できる人などひとりもいません。発信者は日本の風土や歴史や文化の空気を吸い、そのなかで育った無数の多様な日本人の一人にすぎない、あくまでも個人としての自分なのです。言いかえれば、京都や奈良をよく知らない日本人がいてもおかしくないし、それでも自分なりにどこまで外の世界にむかって話題を提供し、議論し協労できるかということではないでしょうか。

日本からの発信ということで、あまり「日本」を意識しすぎたり強調しすぎたりするのではなく、自分が属する日本文化の多様性や幅の広さを忘れず大事にしながら、開かれた心でさらに多様で幅広い歴史や価値観をもつ世界の人々と協力し、創造していくことが大事だと思います。

たとえば、聖書との関わりでと言いますと、まず、聖書という書物それ自体が、日本ではなく海外で生まれた作品であり、文化です。聖書の研究は、西欧あるいはユダヤ教やキリスト教世界では二千年以上も前から続けられてきました。事実、西欧の聖書学の歴史は長く、その内容は豊富で充実しています。日本人はこれまで西欧の学問の恩恵に浴し、その成果の一部を輸入してやってきましたが、それだけでなく過去半世紀の間には、国際的に活躍する研究者も数多く出てきました。

 

ただ、欧米の学者と同じような仕方で、似たような研究を欧文で書いて発表するというだけでは、わたしは飽き足らなく感じております。たしかに聖書は西アジアの東地中海地方を主要舞台にして生まれましたが、聖書は優れて人間に関係する書物であり、人間をどう観察し理解するかという問題に正面から向き合い、関わろうとする書物であり文献です。それを扱う聖書学はまさに文科系の学問です。同じ聖書に対する見方や姿勢でも、聖書を生んだユダヤ人やユダヤ教の見方や姿勢と、キリスト教のそれとの間にはかなりの違いがあります。いわんや日本という歴史的地理的背景の異なる文化に生まれ育った者が聖書を眺めるとき、当然、ユダヤ教ともキリスト教とも違う見方や理解があるはずですし、その見方の違いが面白いのです。ただし、前にも述べたとおり、日本を特に強調するのではなく、日本人だからではなくて、自分の視点を大事にして、じっくり考え続けるなら、自然と欧米の学者とは一味違うユニークな見方が生まれてくるのではないか。それをわたしは期待したいのです。

 

『旧約聖書』に渡り鳥の話がでてきますが、実は、聖書の生まれた土地はシリア・アフリカ地溝の一部を成していて、渡り鳥の主要なルートなのです。秋に、ヨーロッパからアフリカの古巣に帰るとき、レバノン山の上を飛び、ヨルダン渓谷や死海を下に見ながら、エイラート(アカバ)を通り、紅海の上を飛び続け、サハラの南の越冬地へと向かいます。特にペリカンやツルやコウノトリなど、大型の鳥たちにとってそうです。毎年、渡り鳥の飛翔を観察していた預言者の一人がイスラエルの人々に語ります。「見たまえ、空のコウノトリも自分の季節を知っており山鳩も燕も鶴も、自分の帰る時を知っている。それに対して君たちはどうだろう、人として守るべき道を正しく守っているだろうか」と。

日本では、どうでしょうか。古代イスラエルの人々と同じく、日本の人々は古来、空を行く渡り鳥の姿を眺めながらさまざまに思い感じました。万葉集の歌にも、遣唐使として異国大陸に渡ったわが子の無事を祈る母の深い思いを詠んだ歌がありますね。

「旅人の宿りせむ野に霜降らば わが子はぐくめ天の鶴群(たづむら)」

聖書の渡り鳥の話を聖書のなかだけで解釈するのと、遣唐使の母親の深い思いを重ねながら見るのとでは違うのではないでしょうか。死海や砂漠の景観を背景に渡り鳥を見るのと、水や緑に恵まれた日本のなかで万葉の時代から歌になっている渡り鳥のことも考えながら聖書を理解していくのとでは、やはり違うはずです。

 

西欧的見地から日本の歴史や文化を批判的に眺めるというのも悪くないですが、聖書を広い意味での日本文化の視点から読み直し、聖書にないものを日本の文化で補うことによって何か新しいものが出てこないかと期待しているわけです。これは、日本からの発信というよりも、新しい意味での「日本文化の共有」と言えるかも知れません。

 

それぞれ背景に長い歴史や伝統の上に成り立っている異文化が簡単に一つになることはありません。二つの異なる文化を無理に一つにしようとするのではなく、異なるもの同士の対話の中から新たな果実が生まれることに期待したい。日本人が聖書という文化をどう読み、理解するかの問題はひとまずわきにおくとして、聖書自身にとっては日本を知った方がよい、プラスになると思っています。聖書は数千年にわたって西欧の人々の間で読まれてきましたが、聖書は今、日本とのより深い対話を期待している、と思うのです。聖書の基本精神は一方通行的押し付けやモノローグではありません。反論や問いかけを含む対話です。そういう意味で、聖書と日本文化との間にはこれまで対話が十分になされて来ませんでした。そう、「聖書は日本との対話を待っている」のです。

こういう言い方をすると、あるいは西欧の一部の人々は嫌がるかも知れませんが、聖書自身は喜ぶだろうとわたしは信じています。聖書はその本来の成り立ちや性格からして、常に新たな時代に対し自らを開き、常に自らの成長を求めてきたし、求めている書物だからです。

 

池田 裕(三笠宮記念図書館館長)

池田 裕 (いけだ ゆたか)

筑波大学名誉教授。

日本オリエント学会理事。

中近東文化センター常務理事・同学術局長。

三笠宮記念図書館館長。

 

[ 略歴 ]

旧満州生まれ。

青山学院大学博士課程修了。

1969-1977年エルサレム・ヘブライ大学大学院留学。同大学よりPh.D(哲学博士)取得。

 

[ 主要著書 ]

『旧約聖書の世界』(三省堂選書・岩波現代文庫)/『エルサレム』(講談社)/『聖書名言辞典』(共著・講談社)/『古代オリエントからの手紙』(リトン)/『海はワイン色』(教文館)/『天地創造ものがたり』(大型絵本・文・岩波書店)/『総説旧約聖書』(日本基督教団出版局)/『死海文書Q&A』(ミルトス)/『聖書と自然と日本の心』(ミルトス)

 

[ 訳書 ]

旧約聖書『サムエル記』『列王記』(岩波書店)/『ギリシア神話の世界』(東洋書林)/『ユダヤ人イエス』(教文館)/『考古学』(東洋書林)/『最新古代イスラエル史』(ミルトス)/『死海文書の研究』(ミルトス)/『バイブルアトラス』(日本聖書教会)/『図説古代オリエント事典』(共訳・東洋書林)他多数