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ジェームス・オグルビー(Global Business Network[GBN]共同創業者)

多元主義をマスターする

なぜアメリカ人は今、中東に「民主主義を広めよう」という傲慢な愚行を経験しているのか

ジェームス・オグルビー(Global Business Network[GBN]共同創業者) 多元主義をマスターする――なぜアメリカ人は今、中東に「民主主義を広めよう」という傲慢な愚行を経験しているのか――

私はこの論文で多元主義について論証したいと思う。では、私の言う「多元主義」とは何を意味するのだろう? それは、この世の中には -- 唯一最高の価値体系ではなく -- 複数の価値体系が存在するが、このような価値体系の多元性によって価値が主観的な嗜好にまで引きずり下ろされることはないという主張である。矛盾しているようだが、価値というものは、帝国主義を正当化しかねないほどの普遍的な影響力を必ずしも伴うことなく、義務を余儀なくさせるほどの強い強制力を持ち得るのである。

 

この論文は三つのパートに分かれている。最初のパートでは、今日、多元主義をマスターすることが、人類の歴史の中でかつてないほど重要になっていることを論じる。二つめのパートでは、多元主義とは、必然かつ根深いものであることを論じる。三つめのパートでは、多元主義と共に生きる上でのいくつかの原則を提案する。

 

[1]今日における多元主義の重要性:

他者の価値観や行動を不快に思う人々が、大量破壊が可能な技術を容易く手に入れられる状況下に生きるには?

多元主義をマスターすることは、今日、人類の歴史のどの時代よりも重要である。それはなぜだろう? 一元論の競い合いの結果、私たちはかつてないほど大きな打撃を負うリスクにさらされているからである。このリスクは四つの異なる影響力の産物であり、それぞれの勢いは毎月のように増大している。

 

  1. 他者との往来の増大
  2. 日常生活の複雑さの増大
  3. 持てる者と持たざる者の格差の増大
  4. 破壊的な技術の威力の増大

 

それぞれについて順番に考察してみよう。

先ず挙げられるのは、移動や通信の往来が増大していることである。異なる国や文化の間の交流が、私たちの歴史の中でかつて例を見ないほど盛んになっている。海外渡航の数は9.11前のレベルまで戻り、さらに着実に上昇を続けている。観光、海外留学、ビジネス旅行も、その範囲を広げ続け、種々様々な文化にまで及ぶようになっている。伝統的な文化の中で生きる人々、また近代化されてはいるが技術的には遅れている社会の市民が、家族や友人をはじめとする自分たちと同類の人々に囲まれて殆どの人生をおくる一方で、私たちにとっては、出自の異なる様々な民族、しばしば宗教や価値観も異なる人々と日々触れ合う機会がますます増えている。

 

第二に、「文化的カリキュラム」とでも呼ぶべきもの、すなわち新しい人類のそれぞれが、モダンおよびポストモダンの時代に成熟した大人であるためにマスターするべき知識が増え続けている。子供は、最初のトイレットトレーニングを済ませた後も、テーブルマナーや読み書き、算数と学ぶことがたくさんある。やがて、初歩的な技術、少なくとも電話の使い方や自動車の運転、さらに最近ではコンピュータや複雑な携帯電話の使い方を習得する。それから、収入を得るために何かしらの職業を身につけるという難関があり、その後も、所得税を支払い、法律制度の裏表を知るという難関、やがては退職をにらんだ資産運用計画という難題も控えている。これらは、私たちの先祖が習得する必要のなかったたしなみごとである。複雑系理論学者であるスチュアート・カウフマンがよく言うように、「現在は、生計の立て方が過去よりもたくさん存在する」のだ。科学技術のみならず、経済も過去と比べて複雑になっている。複雑性というのは、大学にいる物理学者や生物学者のみが研究対象とするものではない。私たちの経済や日常生活の特徴の一つでもあるのだ。

 

この複雑性に付随する良きことは、「進歩」という言葉で表現することができる。もっとも、「毎日、あらゆる面で、私たちは良くなっている」というようなうさん臭い言説を表面的に信じることは論外である。しかし、寿命の延び、乳幼児死亡率の低下、識字率の向上、富の増大、科学の進歩をはじめとする指標の数字が描き出す上昇曲線は、進歩の裏付けとしてはある意味完全に疑う余地がない。これは良きことである。

 

しかし、人類の進歩にまつわる良きことは、悪しきこととも密接に結びついている。それは、おそらく、多くの人々が、この複雑性の増大に対処できていないからである。今日地球上で生きている人間の多くは、進歩の成果を使いこなしてはいない。何十億もの人々が一日1ドル以下で生活している現在、自給自足農業や狩猟採集によってどうにか暮らしを立てていた先祖の時代と比べて、物理的なレベルで言えば、人間の生活はそれほど大きく変化したわけではない。ただし、今日私たちが「貧しい」と呼ぶ人々は、私たちの先祖がそう呼んでいた人々とは大きく異なっている。今日の貧しき人々は、他の「成功した」人々、進歩の成果を使いこなしている人々に囲まれている。つい最近まで伝統に縛られて孤立していた領分にまで「富める」人間が足を踏み入れるようになり、そのたびごとに「貧しい」人間と「富める」人間との間にある差異が白日の下にさらされるようになっているのだ。

 

複雑性と人類の進歩にまつわる良きことと悪しきことに関するこのような話は、多元主義をマスターするために必要となる三つめの影響力へと私たちを導く。人類の生活のスタートラインは不変のままであるが -- 人類の肉体的及び遺伝学的な仕組みは、私たちが狩猟採集から農業へと移行して以後何千年もの間、あまり大きな進化は遂げていない -- 成熟と複雑性の修得というゴールラインは、スタートラインからどんどん離れた場所に移動し続けている。私たちの生物学的な性質が多かれ少なかれ固定されている一方で、人類の文化は進歩を続けている。その結果、私たちは、持てる者と持たざる者、あるいは知る者と知らざる者の間の格差の拡大という代償を、否応無く支払わなければならなくなっている。今日誕生する新生児の生物学的および遺伝学的な性質が、1万年前に誕生した赤ん坊の生物学的および遺伝学的な性質と殆ど同じであるにも関わらず、人類の文化 -- 歴史、文学、科学、技術 -- は着々と進歩を重ね続け、歴史についていける人々とついていけない人々の間の大きくて深い溝は、年々広がり続けているのだ。

 

注記:

ここで論じているポイントは、経済学者がジニ係数と呼ぶところのもの -- 社会の最上層が所有する富と最下層が所有する富の比率を計るための指標 -- とは異なっている。実際、中国、ロシア、米国ではジニ係数が大きくなり続けている。つまり、豊かな者はますます豊かに、貧しい者はますます貧しくなっているのだ。

 

しかし、ここで論じる不平等さは、ジニ係数のみならず、自給自足の食生活で生き延びている人々の比較的簡素な生活と、文化的、科学的、技術的な進歩の成果を享受している人々の複雑化する生活の間に存在するさらなる不平等までも含んでいるのだ。そして、比較的簡素かつ貧しい生活と比較的豊かかつ複雑な生活の間の格差が広がり続けているにも関わらず、移動や観光の範囲が世界中に広がり、メディアが至る所に遍在するようになったために、この格差の様相が、どちらの側の人々にも以前よりも明白かつ歴然と目に見えるようになっているのだ。

 

四つめに、科学技術の進歩のおかげもあり、かつては多くの人々がいなければ遂行することができなかった事業(例えばローマの略奪)が、ごく少数の人々でも可能になったことがある。核爆弾のような大量破壊兵器にしろ、オウム真理教が東京の地下鉄で散布したサリンのような毒ガスにしろ、その他歪んだ目的に悪用された生物学の成果にしろ、そのようなものを手にすることで、今日では、比較的少人数のグループであっても、脆弱な部分の多い複雑に連係し合うインフラストラクチャに大規模破壊をもたらすことが可能だ。進歩と複雑性の増大にまつわる良きことと悪しきことが、不平等の増大をもたらすように、科学技術の目覚ましい進歩が脆弱性の増大をもたらしたのだ。

 

ここで第一部をまとめてみよう。

 

  1. 他者との往来の増大
  2. 日常生活の複雑さの増大
  3. 持てる者と持たざる者の格差の増大
  4. 破壊的な技術の威力の増大

 

以上の四つの影響力の結果、様々に異なる文化や文明の中で生きる人々の目に、互いの文化や文明の違いがはっきりとさらされるようになった。さらには、そのような文化や文明それぞれの中で、進歩の成果を修得した者とそうでない者との格差が広がり続けている。そして、ついには、他者の価値観や行動を不快に思う人々が、大量破壊が可能な技術をたやすく手に入れられるようになっている。これはなんとも物騒な状況である。

ジェームス・オグルビー(Global Business Network[GBN]共同創業者)

ジェームス・オグルビー

(James. A. Ogilvy)

米国GBN(Global Business Network)共同創業者、米国モニターグループ・パートナー。元SRIインターナショナルの「価値とライフスタイル(VALS)」研究責任者であり、元エール大学及びウィリアムズ・カレッジ哲学科教授。GBNは、1987年に設立された「シナリオ・プランニング・サービス」の世界における原点かつ中心的存在であり、各界に多様なネットワークメンバーを擁している。

 

[ 主要著書 ]

”Creating Better Futures: Scenario Planning As a Tool for A Better Tomorrow " (Peter Scwartzと共著),“China's Futures” (Peter Scwartz, Joe Flowerと共著)," Living Without a Goal” , “Many Dimensional Man” など

 

参考) オグルビー J./紺野登/野中郁次郎『シナリオ・プランニングのベーシックス』「Think!」収載 2005年SPR.NO.13東洋経済新報社