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大前研一(UCLA大学院教授)

「民族と宗教」を超える「グッドライフ」の論理

――台湾、インド、エジプト、アイルランド・・・・いま経済繁栄のトップランナーに躍り出た国・地域に共通していることとは?――

大前研一(UCLA大学院教授) 「民族と宗教」を超える「グッドライフ」の論理――台湾、インド、エジプト、アイルランド・・・・いま経済繁栄のトップランナーに躍り出た国・地域に共通していることとは?――

●インドの「いま」は「坂の上の雲」を彷彿とさせる

どこの国でも生活が豊かになると、大半の人々はだんだん主義主張がなくなり、民族や宗教さえも“衰退産業”になっていく――。かつて私は著書(『ボーダレス・ワールド』ハーパー・コリンズ社、1990年発行。同名の邦訳版はプレジデント社)の中で、そう指摘しました。実際、社会主義計画経済だった旧ソ連や東欧の国々は、ベルリンの壁が崩壊して資本主義市場経済が導入された結果、西欧諸国と価値観を共有できるようになりました。社会主義市場経済という1国2制度の中国にいたっては、いまや共産主義が拝金主義に置き換えられたかのような状況で、中国共産党の最大の役割はイデオロギーの浸透より国内秩序の維持になったと言っても過言ではありません。冷戦の終焉後はアメリカとイスラム勢力の葛藤など、サミュエル・ハンチントン教授(ハーバード大学)が言うところの「文明の衝突」も起こっていますが、それよりも私が指摘したこの変化のほうが、世界的には大きなスケールで起こっているわけです。その象徴はインドです。つい最近まで世界で最も社会主義的な国と言われ、カースト制度など様々な問題を抱えていたのに、この2〜3年で一気に資本主義に目覚め、いまや誰もが明治時代の日本のように「坂の上の雲」(司馬遼太郎が日露戦争の時代を舞台に日本を描いた小説)を追い求めています。

 

インドには1日2ドル未満で暮らしている「経済ピラミッドの底辺」、すなわちBOP(The Bottom of the Pyramid)の貧困層が約7億人もいますが、その人たち全体を巨大な市場と捉え、貧困層に特有のニーズを抽出して適切な商品・サービスを提供することができれば、BOPにおけるビジネスは元が取れるどころか十分な利益を上げることができ、ひいては彼らの生活レベルを向上させて国全体に自律的な経済成長をもたらすことが可能である、とミシガン大学ビジネススクールのC・K・プラハラード教授は『The Fortune at the Bottom of the Pyramid(ピラミッドの底辺における富)』(邦訳版『ネクスト・マーケット』英治出版)という著書で述べています。このプラハラード教授の理論を金融で実践したのが、貧しい女性たちに無担保でマイクロクレジット(超小口金融)をして貧困解消に尽力した功績により昨年のノーベル平和賞を受賞したバンクグラデシュの金融機関「グラミン(農村)銀行」のムハマド・ユヌス総裁です。実は、インドにはプラハラード理論に基づいてビジネスを展開している企業がたくさんあります。ICICI銀行はグラミン銀行と同じように貧困層向けのマイクロクレジットを行なっています。イギリス・ユニリーバのインドにおける合弁会社ヒンダスタン・リーバは、農村の貧困層の人々に対し、小分けした洗剤や石鹸やシャンプーを1包み5円ぐらいで売っています。アラウィンドという病院チェーンは、インドの貧困層に多い白内障の手術を、15分ごとに“24時間操業”で行なえる態勢を整え、1人約3000円という超低料金で可能にしました。これらがすべて成功を収めています。

 

弁の立つインドのインテリ層の人々は、一昔前まではカースト制度をはじめとする悪い所を並べ立てて説明に余念がありませんでした。そう説明している間にやる気がなくなって何もしない、という悪循環が続いていました。ところが、成功例が2つ、3つと出てきたことでみんなやる気が出てきた。悪い所は依然として直っていないにもかかわらず「自分たちもやればできる」と思って走り始めたのです。現在、インドでは携帯電話の市場が1日7万台という猛烈な勢いで拡大しています。1か月で200万台余、1年で2500万台も増加する計算になります。中国の携帯電話の普及台数は3億台を超えました。総人口が12億人とすれば4人に1人が携帯電話を持っていることになります。こんなインドや中国の姿を、10年前に誰が予測したでしょうか。ことほどさように世の中は予想外の方向に急速に変化しています。たとえば、2000年〜2005年に世界で最も上昇した株式市場はエジプトです。その5年間に700%も伸びました。その次に伸びたのはトルコとインドです。2006年1年間で見ると、一番伸びた途上国はペルーで120%です。今年3月までの1年間では、なんと大国・中国の上海市場が330%も伸びています。上海株式市場が今年2月末に世界同時株安の引き金を引き、そのわずか3週間後に最高値を更新したのは記憶に新しいところです。

 

 

●21世紀の「繁栄の方程式」とは?

20世紀までの「繁栄の方程式」は、強力な軍隊を持って他国を征服し領土を拡大していく、天然資源に恵まれている、日本やドイツのように国民が勤勉に働いて技術開発を推し進めていく――この3つのうちのどれかでした。ところが、21世紀の「繁栄の方程式」は全く違うものになり、いまや繁栄する国は目まぐるしく入れ替わっています。世界経済を動かす原理原則が大きく変化し、世界を支配する1つの経済ルールが出現している。それは何か? 世界の多くの人が「なるほど」と思うことです。世界の多くの人が「なるほど」と思うのはドグマ(教義、教条)ではない。つまり、アメリカ一国主義やイスラム原理主義ではない。

 

逆に言えば、21世紀の「繁栄の方程式」は、その国が自分の主義主張を引っ込めて「世界経済の原理原則に従います」と宣言することです。それが信認されて資産運用の最適地とみなされたら、小国や途上国、貧乏国であっても世界中からカネを呼び込むことができるのです。その背景にあるのは、世界的な超カネ余り現象です。いまや約6000兆円と言われる余剰資金が、少しでも高いリターンを求めて、根無し草のように世界中を徘徊しています。この“ホームレスマネー”が、世界経済と共存するシステムを作った国(地域)に殺到するわけです。これをカネを受け入れる国の側から見ると、世界で唯一の共通目標が、安心・安全で生きる喜びのある豊かな生活、すなわち「グッドライフ」になったということです。たしかに人類は誕生して以来、十字軍、太平洋戦争、湾岸戦争など「文明の衝突」を繰り返してきました。

 

しかし、21世紀の世界では、民族や宗教や国籍の違いを受容して「グッドライフ」を希求する人たちが集まっている所が繁栄するようになった。つまり「グッドライフ」の論理が、民族や宗教や国籍を超えたのです。また、その原資たるお金も、自分たちの税金ではなく、条件が整えば世界から自然と流れてくるのです。そして「繁栄の方程式」が変わったことで、もはや「グッドライフ」は欧米や日本など先進国だけの特権ではなくなりました。

 

21世紀の「繁栄の方程式」を、いち早く自分のものにしたのが台湾です。台湾が繁栄した理由は、ボーダレス経済において最も重要な人的資源を持っているからです。なぜ台湾は人的資源が充実したのか? 国家としてさえ認められずに世界中から排除されたため、生きていく術(すべ)として“あるがままの台湾”を磨いていったからです。少し補足説明しましょう。まず、かつて台湾は日本の植民地だったので、日本語ができる人が多い。次に、アメリカで勉強して英語ができる人、アメリカをよく知っている人が多い。そして、中国との間で通郵(通信)・通航(航空)・通商(ビジネス)の「三通」は無理でも交易はできるし、中国に工場を造ることもできる。しかも、中国に工場を展開する時に中国語(北京語)で直接指導できる。つまり、日本から基幹部品や工作機械を持ってきて、中国で製造し、アメリカをはじめ世界に売る、という三拍子・三能力が揃っている地域は台湾しかない。だから、台湾企業が中国に広く深く進出していったわけです。このようにして、気がついてみると、21世紀の「繁栄の方程式」に最も適合している国は、国なのかどうか疑わしい台湾であり、北アイルランド問題を抱えているアイルランドであり、東京23区と同じぐらいの面積でしかない都市国家のシンガポールであり・・・・という状況になっている。あるいは、北欧の小国デンマークやフィンランド、スウェーデンが世界企業をたくさん出している。人的にも世界組織で活躍する指導者を多数輩出しています。

 

では、これらの国に共通している特徴は何か?「多様性」を国の中に受容していることです。たとえば、シンガポールは民族が中華系75.2%、マレー系13.6%、インド系8.8%、その他2.4%、言語は国語がマレー語で公用語が英語、中国語、マレー語、タミール語、宗教は仏教、イスラム教、キリスト教、道教、ヒンズー教です。そういう多様性を受容して強みにしていった結果、多国籍企業のアジア本社が500社ぐらい集積して大繁栄し、1人当たりGDPが3万ドルに達しました。シンガポールのように多様性を受容するということは、言い換えれば「多元主義」でしょう。ただし、あえて多元である必要はないし、多元主義を唱えて成功することもないと思います。現実に世界で繁栄している所は、多元的なものを受容している所、「世界」というものを国内に自然に取り入れている所に限られているということです。

大前研一(UCLA大学院教授)

大前 研一(おおまえ けんいち)

経営コンサルタント

ビジネス・ブレークスルー大学院大学 学長

カリフォルニア大学ロサンゼルス校(UCLA)大学院教授

梨花女子大学国際大学院名誉教授

高麗大学名誉客員教授

ボンド大学客員教授

 

[ 略歴 ]

1943年福岡県生まれ。

早稲田大学理工学部卒業後、東京工業大学大学院原子核工学科で修士号を、マサチューセッツ工科大学(MIT)大学院原子力工学科で博士号を取得。日立製作所原子力開発部技師を経て、72年に経営コンサルティング会社マッキンゼー・アンド・カンパニー・インク入社。

本社ディレクター、日本支社長、アジア太平洋地区会長を歴任し、95年に退社。以後も世界の大企業やアジア・太平洋における国家レベルのアドバイザーとして幅広く活躍するとともに、「ボーダレス経済学」と「地域国家論」の提唱者としてグローバルな視点と大胆な発想で活発な提言を行なっている。現在、ビジネス・ブレークスルー代表取締役社長、大前・アンド・アソシエーツ、大前・ビジネス・ディベロップメンツ、エブリデイ・ドット・コム、ジェネラル・サービシーズの創業者兼取締役、起業家養成学校「アタッカーズ・ビジネススクール」塾長。さらに2005年4月、日本初の遠隔教育による経営大学院「ビジネス・ブレークスルー大学院大学」を設立し、学長に就任。日本の将来を担う人材の育成に力を注いでいる。

 

〔主要著書〕

『アジア人と日本人』『生活者たちの反乱』『アジア連邦の世紀』『ドットコム・ショック』『サラリーマン・サバイバル』『ビジネス・ウエポン』『日本の真実』小学館/『新・国富論』『平成維新』『チャイナ・インパクト』『考える技術』『ロウアーミドルの衝撃』講談社/『21世紀維新』『質問する力』文藝春秋/『ザ・プロフェッショナル』ダイヤモンド社/『ボーダレス・ワールド』プレジデント社/『一人勝ちの経済学』光文社/『大前研一 新・資本論』『大前研一 新・経済原論』東洋経済新報社 /『即戦力の磨き方』『ビジネス力の磨き方』PHPビジネス新書 など

 

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