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野町 啓(筑波大学名誉教授)

「学問のコスモポリス」としての古代アレクサンドリア

ムーセイオンと図書館に見られる<寛容な多元主義>から学ぶものは?

野町 啓(筑波大学名誉教授) 「学問のコスモポリス」としての古代アレクサンドリア ムーセイオンと図書館に見られる<寛容な多元主義>から学ぶものは?

Q1.古代アレクサンドリアは、どんな都市だったのでしょうか。

わたくしたちふつうの日本人にとって、古代アレクサンドリアというと、アレクサンドロス大王のつくった都市で、大きな灯台があったこと、古代世界最大の図書館があったことくらいしか思い浮かびません。先生のご著書でも、『謎の古代都市アレクサンドリア』(講談社現代新書)となっていますね。実際は、どんな都市だったのでしょうか。

エジプトのアレクサンドリアは、アレクサンドロス大王の跡をついだプトレマイオス朝の首都であり、港湾都市として、地中海世界に限らず、当時、世界最大級の貿易都市であり、商業都市でした。このプトレマイオス朝は、有名なクレオパトラ7世が自死し、古代ローマの属州となるまで、紀元前305年から紀元前30年まで、およそ三百年間にわたって続きました。

 

政治的に見れば、プトレマイオス朝は、エジプトをペルシアの支配から解放したアレクサンドロス大王の跡をついだ形になりますが、これはギリシア系民族によるエジプト民族の支配王朝です。したがって、市内には、支配階級であるギリシア人の住む「ブルケイオン」と呼ばれるエリアと、被支配層であるエジプト人の住む「ラコティス」という地区、そしてディアスポラ(散民)であるユダヤ人の古代世界最大の居住区がありました。宗教的にいえば、多神教であるオリンポスの神々かエジプトの神々を信じる人々と、当時唯一の一神教であるユダヤ教を信じる人々が混在していたわけです。

 

経済的には、王朝が有名な灯台をはじめ、港湾の整備に力を注いだこともあって、地中海世界の中心的な良港として栄え、世界中の人々や物資の往来する国際都市、金融都市としても発展しました。人口も、最盛期には、およそ百万人を数えたともいわれています。

 

このように、古代アレクサンドリアは、ヘレニズム時代を代表する都市にふさわしく、諸民族・諸思想・諸宗教の坩堝(るつぼ)でした。

 

ただ、この都市について史実として分かっていることは僅かであり、断片にすぎません。遺跡も世界の七不思議に数えられる「ファロス灯台」や、セラペイオンにあった「姉妹図書館」と呼ばれる小さな図書館については一部が発掘されていますが、有名な「図書館」については、どこにあったかさえ、はっきりとは分かっていないのです。そればかりか、史料的にも不明なことが多く、実際、有名な図書館についての記述は、同時代の人々の記録のなかにはほとんどありません。例えば、プトレマイオス1世が図書館を建てたといわれていますが、そのことにはじめて言及したのは、紀元2世紀のリヨンの司教エイレナイオスの文書であるというように、大きな時間的な隔たりがあります。また、図書館の消失についても、さまざまな学説が唱えられている状態です。ほんとうに謎に包まれていますね。

 

しかしながら、この古代アレクサンドリアで、学問の世界は大きく進歩しました。端的にいえば、ヨーロッパの二大古典である、ヘレニズムのホメロス作品と、ヘブライズムの聖書が、後世に残るのに功績のあったのがアレクサンドリアだとさえいえるでしょう。ホメロスについていえば、アレクサンドリアをつくったアレクサンドリア大王の愛読書がホメロスの『イリアス』でした。それ故、アレクサンドリアでは、誰の作品を校訂対象にするかというとき、真っ先に選ばれたのがホメロスだったのです。この選定された著者のことを「エンクリテンテス」と呼び、これがローマで「クラシキclassici(ローマ一級の市民)」となり、後の「クラシックclassic(古典)」の語源となりました。古代アレクサンドリアの事績がヨーロッパの伝統に多大な寄与をしているのです。このように、アレクサンドリアでは、ホメロスの写本研究を中心に「文献学」が成立しただけでなく、多くの学匠詩人(学者でもある詩人)があらわれました。また、自然科学の発達も見逃せません。有名なアルキメデスが活躍したのも、地球の円周を測ったエラトステネスが多彩な才能を華開かせたのも、アリスタルコスが「地動説」を初めて唱えたのも、ヘロンが世界最初の蒸気機関や自動販売機を考案したのも、みんなプトレマイオス朝時代の古代アレクサンドリアでした。

 

謎の都市は、「学問のコスモポリス」とも呼ぶべき、世界史上に名高い学術都市でもあったのです。

 

 

Q2.そのような学術都市は、どのようにしてできたのでしょうか。

王朝を開いたプトレマイオス1世(ソテール)が、若き日にアレクサンドロス大王と一緒に、アリストテレスに学んだ学問好きで、学術による都市形成の理想を持っていたということが挙げられるでしょう。かれは、アリストテレスに繋がる逍遙学派(ペリパトス派)の人々の意見を採り入れながら、積極的に世界中から学者を招聘しました。その中心となったのが、ムーセイオンと呼ばれる、今でいうのなら、国際学術研究所ともいうべき機関です。この付属機関として、植物園や動物園、天文台のほか、図書館をつくって、世界中から書物を集めました。続くプトレマイオス2世(フィラデルフォス)も、プトレマイオス3世(エウエルゲテス)も、この政策を積極的に踏襲したので、アレクサンドリアは、瞬く間に古代世界最大の学術都市となっていったのです。

 

その特色は、次のような点にあったといえるでしょう。

  1. 世界各国から詩人・学者を招聘
  2. 学問の分野、学派を問わずに、広く諸分野の才能を招聘
  3. マルチな才能への賞賛と学際性の重視

 

そして、具体的には、学者たちに手厚い保護(税金免除、住居の提供、多額の報酬)を与え、共同生活をさせたのです。付置機関の動物園、植物園、天文台、なかでも70万巻もの書物(巻物)を集めたといわれる図書館の充実は、見逃せません。

 

こうして、国籍やジャンルを超えた優れた才能が、恵まれた環境で切磋琢磨したわけです。その結果、傑出した学問的成果を生むとともに、書物や、そこで学んだ人々を通して、ギリシアを中心とした地中海世界の思想を、活きた形でローマへと繋ぐことになりました。これがアラブ世界へと伝わり、こんどはヨーロッパへと伝播して、ルネサンスに至るわけです。

野町 啓(筑波大学名誉教授)

野町 啓(のまち あきら)

筑波大学名誉教授

 

[ 略歴 ]

1933年生まれ。

東京教育大学大学院文学研究科博士課程修了。

弘前大学人文学部助教授、筑波大学教授、茨城県立医療大学人間科学センター教授、流通経済大学教授を歴任。筑波大学名誉教授。専攻は、古代アレクサンドリアを中心とする思想史。

 

主な著書

『初期クリスト教とギリシア哲学』創文社/『謎の古代都市アレクサンドリア』講談社現代新書/岩波講座『東洋思想』第1巻「ユダヤ思想機彜簀判馘后紛γ)/『中世思想原典集成』第5巻「後期ラテン教父」平凡社(監修総序)/

 

訳書

W・イェーガー『初期キリスト教とパイデイア』筑摩叢書/『アウグスティヌス著作集』第12巻『神の国』教文館(共訳)/E.R.グッドイナフ『アレクサンドリアのフィロン入門』教文館(共訳)/P.M. シュールほか『神話の系譜学』「古代における神話」平凡社新書(共訳)
近刊予定 フィロン『世界の創造』教文館