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クレオパトラ7世 フィロパトル

Kleopatra VII Philopator [前69—前30、在位前51—前30]

プトレマイオス朝最後の女王。プトレマイオス12世の次女。歴史家プルタルコスによれば、ギリシャ語・エジプト語他複数の言語に通じ、外交にも明るい知的な女性であったという。

 

17歳の時、王家の慣習によって9歳の弟プトレマイオス13世と結婚して共同統治を開始するが、前48年には廷臣の策謀によってプトレマイオス13世がクレオパトラ7世をアレクサンドリアから追放する。シリアに亡命したクレオパトラ7世は、ちょうどポンペイウスを追ってローマからエジプトにやって来たユリウス・カエサルとの密会を仕組んで、カエサルを味方に付けることに成功した。このときアレクサンドリア港内でプトレマイオス13世側とカエサルの率いるローマ軍の艦隊が衝突、カエサル軍が相手側の戦艦に放った火が陸地にまで燃え広がり、アレクサンドリア図書館が焼け落ち、一説によれば70万冊に及ぶという貴重な蔵書が失われたといわれている。

 

カエサルの援軍によってプトレマイオス13世を退けると、クレオパトラ7世は形式上、別の弟プトレマイオス14世と結婚して共同統治を再開するが、事実上彼女の単独統治であった。カエサルとの間に紀元前47年、息子カエサリオンをもうけている。紀元前46年、ローマに帰還したカエサルはクレオパトラ7世とカエサリオンを呼び寄せ、しばらく平穏な日々が続くが、紀元前44年、カエサルが突然暗殺され、クレオパトラ7世は息子を連れてエジプトに帰国する。

 

帰国後間もなく、クレオパトラ7世はプトレマイオス14世を殺害して、まだ幼いカエサリオンをプトレマイオス15世として共同統治者に指名した。カエサル暗殺後、東方に勢力をもっていたアントニウスに軍事支援を与えるなどして接近。二人の間には男女の双子が生まれ、前37年にはシリアで東方風の結婚式を挙げている。アントニウスは、焼失したアレクサンドリア図書館の蔵書に代えて、クレオパトラ7世にペルガモン図書館の貴重な蔵書20万冊を贈ったといわれる。

 

前34年、アントニウスがアルメニアを破ったときにはアレクサンドリアで盛大な凱旋式を挙行、また子供たちに東方属州を与える約束を取り付けた(「アレクサンドリアの寄贈」)。こういったことから、ローマではアントニウスを非難してオクタウィアヌスを強く支持する声が高まり、前31年、オクタウィアヌスのローマ軍がアントニウスとクレオパトラ7世の連合軍に対して宣戦を布告、両艦隊はギリシアのアクティウムで戦いを繰り広げる(→アクティウムの海戦)、敗れたアントニウスはアレクサンドリアに逃げ込んだ。翌30年、クレオパトラ7世が自殺との誤報を聞いてアントニウスは自殺、クレオパトラ7世自らもローマの凱旋式で引き回されることを拒んで毒蛇に身を噛ませて自殺したという。

クレオパトラ7世

[ クレオパトラ7世 ]

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クレオパトラ7世(左)とプトレマイオス15世(右)

[ クレオパトラ7世(左)とプトレマイオス15世(右) ]

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プトレマイオス朝系図
年表